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サティヤ 正直・嘘をつかない

わからないことはわからないと言うこと。 の大切さを、ヨガをしてはじめて知った。 子供の頃から、 “良いこでいなくてはいけない”と思っていた私は、わからないというのが苦手だった。 学校の教育は 日本の場合、ひとつの正解を 求められる傾向にあると思う。 なんでか知らんが 学級委員や、委員会長になることが 多かった小中学校時代。 祖母の妹が公文の先生をしていたのもあって、いつも学年より先の勉強をしていたから、めっちゃ頭が良いとかではなかったけれど、まあまあ勉強は理解できた。 その結果、高校で反動が来て、全く勉強をしなかったが笑 まあ、そんな学生時代を送ってきたものだから、決められた”答え”を導くことは得意でも、自分自身で何もないところから、発想したり、作り出すことはあまり得意ではなかったし、いつも誰かの顔色を伺っていた気がする。 そんな私が、大学生から就職するにあたり、なんか変だ!これじゃない!とヨガを学ぶことになるのだけども。 ヨガの指導をはじめてすぐの頃、生徒さんに対して毎回これで良いのか?という問いが自分の中にあった。 ヨガは大好き。ヨガで自分はこんなに生きるのが楽になった。この素晴らしさを伝えたい。その想いではじめたクラス。 だけど、内容は、師匠のクラスの丸々コピー。本当に意味がわかってやっているわけじゃない部分もある。 生徒さんから質問をされても、分からないこともある。教科書にかかれたような内容で返答したり、なんとなく聞きかじった言葉で返答することも。 私は生徒さんに対してこれで良いのだろうか? と悩んでいたときに、当時整体のスタッフ仲間であった今の主人に相談した。ヨガの経験としてはかなりの先輩である。 “なにをやっても、普段動いていない人や、ヨガをやっていない人には良い刺激になるんじゃない?それに分からないことは分からないと伝えることが大事なんじゃないの?” と言われた。 分からないことは分からないと言っていいんだ。と、当時の私には衝撃的な一言だった。 それからは、ただただ生徒さんに寄り添うために、自分の持っているものを全部出し切るつもりでやろうと心に決めた。 たしかに、ヨガの考え方のなかには、 “サティヤ=正直・嘘をつかない” すなおにありのままに生きる という考えかたがある。 これは、嘘をつこうとしてつくものだけでなく、無意識に出てしまう嘘も含まれる。 だから、自分が分かっていることと、分かっていないことをしっかりと分けて考えることが大事だという教えだ。 頭ではこの嘘をつかないことの大事さを考えていたが、自分が嘘をついているとは思っていなかった。 生徒さんにたいして、何となくで返答をしているとき、私は嘘をついていたのだ。 だから、それからは、分からないことは分からないと答えることにした。 それから、自分の尊敬する先生たちの生徒さんに対する態度を見ていると、たしかに、、、。 ヨガ指導歴50年の龍村先生ですら、自分の経験していない部分のことは、僕はここは分からないけれど、勉強してくるね。とはっきり伝えている。 その姿は、清々しいし、とても信頼できる。 むしろ、すごいなと感じる先生たちほど、そこは勉強不足だからまた調べてくるね。とか、自分の考えを改めるときには、今まではこれが良いと思っていたけど、こちらの方が良いと思うのでこのやり方でやります。ごめんなさい。とか。常に柔軟に対応してくださる。 ヨガは密教だ。 ヨガは密教哲学だ。 自分が経験して理解したこと以外を知ったふりをして伝えているのは、ヨガではない。 このことを知ってから、分からない。と答えることが怖くなくなった。 日々の努力は必要だけどね。

きえ/KiiYOGA(@kiiyoga)がシェアした投稿 – 2020年 8月月24日午前8時49分PDT

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